中原道夫句集『彷徨(UROTSUKU)』。

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 「銀化」主宰の中原道夫さんから句集『彷徨(UROTSUKU)』(2019年2月、ふらんす堂刊)をいただきました。ありがとうございました。
 海外詠だけを収めた一冊で、既刊句集に収録済みの作品、総合誌等に発表された作品が収録されています。「あとがき」に、50年間で地球5周くらい旅をしたのではないかと書いていらっしゃいますが、豊かな題材に目を見張らされる句集でした。

  炊き出しに並ぶ毛布の穴から手
 「毛布」が季題で冬。「妄執の櫂(インド二〇一六・冬)36句」と題された中の一句で、「喜捨に因る炊き出しを煮る大鍋が街角に出て」との詞書が付されています。炊き出しの列の中に毛布を頭からかぶっている人が並んでいたのです。目が見えているのか見えていないのかもわかりませんが、ちゃんと列について進んでいます。そして、自分の順番がまわってくると、毛布の隙間から手だけを出して食事を受け取ったのです。その人物の身の上を想像すると哀れですが、作者の目はどちらかと言えばドライです。異様な風体の人物に興味を持って見ていたところ、ちょっと面白い場面に出くわしたという感じでしょうか。それが、「穴から手」という下五にコミカルに表現されています。俳諧らしい味付けの一句です。

    ニューヨーク
  撒水車虹造らむと唸るなり
    (アテネ)アクロポリスの丘
  石柱を遠まきにして青き踏む
    土耳古紀行/イスタンブール・ガラタ橋
  対岸は亜細亜よ草の絮飛べる
    (トルコ・イスタンブール)
  茶(チャイ)飲んでゆかれよ秋雨上がるまで
    玖馬紀行/ハバナ
  革命ののちの夜暗し十字星
    (キューバ/ハバナ)『老人と海』の舞台コヒマル
  朝凪や大魚逃せし舟戻る
    (メキシコ)折しも十一月二十日は
  覇王樹の犇く革命記念の日
    (メキシコ/ユカタン半島)チャックモール(生贄の台)
  月の夜のまだあたたかき贄を置く
    (ニューヨーク)
  街騒を以て短夜みじかくす
    (ニューヨーク)E86st.ノイエ・ギャラリー エゴン・シーレ
  夏痩せの己を描くほかはなし
    (フィレンツェ)
  修復に修復かさぬ冬の薔薇
    ヴェネツィア
  迷宮は出口入口なく冷えて
    (ヴェネツィア)
  寒疣に無縁の天使ばかりなる
    (モロッコ)
  ひと瘤にまたがり春の逝く方へ
    (モロッコ)オート・アトラス山脈ティシカ峠
  天近く斑雪に羊放ちゐて
    (フェズ)
  つつ抜けの中庭(リヤド)の声やレモンの黄
    (パリ)十一月十五日パリ・シャルル・ド・ゴール空港着
  服喪かな全土凍てつく燈を落とし
    (インド)喜捨に因る炊き出しを煮る大鍋が街角に出て
  炊き出しに並ぶ毛布の穴から手
    (インド)
  終生は乞食とのみ冬の蠅
    (インド)
  伽羅を嗅ぎ白檀を聞き年つまる

※正字を常用の字体にあらためて紹介しました。
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