杉原祐之句集『先つぽへ』鑑賞。その2
Ⅱ.「百畳の一畳」平成十四年~十六年
百畳の一畳使ふ昼寝かな
「昼寝」が季題で夏。数の面白さだけの句だろうという批判もありそうですが、少し親切に鑑賞します。ポイントは「畳」で、畳敷きの空間を思い浮かべると「昼寝」という季題が物を言うようになります。日本の建築には壁が少ないと言われますが、襖を取り払った広間を風が吹き抜けている感じがしてきます。自他で言えば自分を詠んだ句と解する方が気持ちよさが出ます。
ただし、そこまで鑑賞が広がりにくいのは、「使ふ」という動詞のせいでしょう。この一語でおどけた感じが出ているのも事実ですが、読者の興味が数に絞られてしまう原因にもなっています。爽快感で勝負するなら、「大昼寝百畳敷きの一畳に」くらいあっさり言った方が良いのかも知れません。
新居には大きな薔薇を置き給へ
「薔薇」が季題で夏。詞書に「前北かおる氏、麻里子氏祝婚」、素通りするわけにいきません。「飾る」とか「活ける」とか「据ゑる」とかいろいろ言えそうなところに、無造作に「置く」という動詞を使うところが祐之君らしいと思います。結婚以来随分経ちましたがなかなか忘れられないのは、「給へ」の切れと「大きな」と「置き」の韻が働いているのだと思います。
密入国のボートに光る夜光虫
「夜光虫」が季題で夏。「ランカウイ 二句」のうちの一句。海上のボートに夜光虫が光っていたというところまでは実景だと思います。そこから「密入国」へと飛躍して、密入国者の立場になって見たということでしょう。「光る」が不用意ではありますが、「密入国」のような言葉を詩語に取り込んでゆく姿勢は素晴らしいと思います。
風鈴の短冊回りつつ鳴らぬ
「風鈴」が季題で夏。こういう丁寧な写生の句もあります。「鳴らぬ」と否定の形で落ちをつけられる余裕は、そよ風の清々しさによるものです。
芋の露ずるりと滑り落ちにけり
「芋の露」が季題で秋。「ずるりと」という擬態語によって、大粒の露の質感がよく表現されています。それだけではなく、「滑り落ち」という複合動詞で数秒の時間がきっちり描写されています。
貰ひたるマフラー探し回らねば
「マフラー」が季題で冬。外出先で取ったマフラーをつい置いてきてしまったのでしょう。室内は暖房がきいているので、マフラーや手袋を忘れてしまうことはよくあります。くれた相手は、恋人でしょうね。それを「贈られし」とか言わずに「貰ひたる」と言ったところに、慌てている感じが出ています。
西日濃し慣れぬ喪服の上着脱ぐ
「西日」が季題で夏。告別式の後なのでしょう。「慣れぬ」などと言っているので、親戚やごく親しい人というわけではなくて、仕事の関係などで参列したのでしょうか。式場に身を置いていた窮屈から体を解放してやると、人の死に対する感慨が改めて湧いたのです。
セオリー通りに作れば「上着脱ぎ」でしょうが、あえて二段切れにしたところに情感が籠もっています。
パソコンに呟いてゐる夜業かな
「夜業」が季題で秋。「夜業」という季題は、「秋灯」、「灯下親し」を踏まえて秋に分類されているようです。オフィスの蛍光灯の下、もうほとんど誰もいないフロアで仕事をしているのでしょう。ふと「パソコンに呟いて」しまった淡い人恋しさは、まさにこの季題の世界だと思います。
百畳の一畳使ふ昼寝かな
「昼寝」が季題で夏。数の面白さだけの句だろうという批判もありそうですが、少し親切に鑑賞します。ポイントは「畳」で、畳敷きの空間を思い浮かべると「昼寝」という季題が物を言うようになります。日本の建築には壁が少ないと言われますが、襖を取り払った広間を風が吹き抜けている感じがしてきます。自他で言えば自分を詠んだ句と解する方が気持ちよさが出ます。
ただし、そこまで鑑賞が広がりにくいのは、「使ふ」という動詞のせいでしょう。この一語でおどけた感じが出ているのも事実ですが、読者の興味が数に絞られてしまう原因にもなっています。爽快感で勝負するなら、「大昼寝百畳敷きの一畳に」くらいあっさり言った方が良いのかも知れません。
新居には大きな薔薇を置き給へ
「薔薇」が季題で夏。詞書に「前北かおる氏、麻里子氏祝婚」、素通りするわけにいきません。「飾る」とか「活ける」とか「据ゑる」とかいろいろ言えそうなところに、無造作に「置く」という動詞を使うところが祐之君らしいと思います。結婚以来随分経ちましたがなかなか忘れられないのは、「給へ」の切れと「大きな」と「置き」の韻が働いているのだと思います。
密入国のボートに光る夜光虫
「夜光虫」が季題で夏。「ランカウイ 二句」のうちの一句。海上のボートに夜光虫が光っていたというところまでは実景だと思います。そこから「密入国」へと飛躍して、密入国者の立場になって見たということでしょう。「光る」が不用意ではありますが、「密入国」のような言葉を詩語に取り込んでゆく姿勢は素晴らしいと思います。
風鈴の短冊回りつつ鳴らぬ
「風鈴」が季題で夏。こういう丁寧な写生の句もあります。「鳴らぬ」と否定の形で落ちをつけられる余裕は、そよ風の清々しさによるものです。
芋の露ずるりと滑り落ちにけり
「芋の露」が季題で秋。「ずるりと」という擬態語によって、大粒の露の質感がよく表現されています。それだけではなく、「滑り落ち」という複合動詞で数秒の時間がきっちり描写されています。
貰ひたるマフラー探し回らねば
「マフラー」が季題で冬。外出先で取ったマフラーをつい置いてきてしまったのでしょう。室内は暖房がきいているので、マフラーや手袋を忘れてしまうことはよくあります。くれた相手は、恋人でしょうね。それを「贈られし」とか言わずに「貰ひたる」と言ったところに、慌てている感じが出ています。
西日濃し慣れぬ喪服の上着脱ぐ
「西日」が季題で夏。告別式の後なのでしょう。「慣れぬ」などと言っているので、親戚やごく親しい人というわけではなくて、仕事の関係などで参列したのでしょうか。式場に身を置いていた窮屈から体を解放してやると、人の死に対する感慨が改めて湧いたのです。
セオリー通りに作れば「上着脱ぎ」でしょうが、あえて二段切れにしたところに情感が籠もっています。
パソコンに呟いてゐる夜業かな
「夜業」が季題で秋。「夜業」という季題は、「秋灯」、「灯下親し」を踏まえて秋に分類されているようです。オフィスの蛍光灯の下、もうほとんど誰もいないフロアで仕事をしているのでしょう。ふと「パソコンに呟いて」しまった淡い人恋しさは、まさにこの季題の世界だと思います。
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